「木星は地球を守る盾」——長く信じられてきたこの定説が、いま揺らいでいる。揺らぐこと自体が、科学の面白さだ。
木星は太陽系で圧倒的に大きな惑星で、その強い重力は太陽系全体に影響を及ぼしています。そこから生まれたのが「太陽系の掃除屋」という異名です。外からやってくる彗星を強い重力で受け止めたり弾き飛ばしたりして、内側の地球を衝突から守ってきた——「木星がなければ、地球に衝突する天体は1000倍になっていた」という見積もりまで語られてきました。1994年にシューメーカー・レヴィ第9彗星が木星に衝突する様子が観測されたことも、この「盾」のイメージを強くしました。
コンピューターの性能が上がり、太陽系の天体の動きを精密に計算できるようになると、意外な結果が出始めます。近年のシミュレーションでは、木星は内側に入り込む彗星の数を有意には減らしていないとする報告が現れ、議論を呼んでいるのです。研究者の言葉を借りれば、木星は「盾」であると同時に、遠くの天体の軌道を変えて内側へ送り込む案内所でもある。実際、1770年に史上もっとも地球に近づいた彗星のひとつレクセル彗星は、その少し前に木星に接近して軌道を変えられ、地球のそばへ送り込まれた天体でした。守っているのか、投げ込んでいるのか——差し引きの答えは、まだ研究の最前線で動いています。
一方で、動かない事実もあります。火星と木星の間に広がる小惑星帯は、木星の強い重力に軌道をかき乱されて、天体どうしが合体して惑星に成長することを妨げられた「惑星になりそこねた材料」だと考えられています。もし木星がなかったら、あの場所にもう1つ岩石惑星が育っていたかもしれません。スライダーで木星を消すと、小惑星帯の運命が変わるのはこのためです。
さらに近年のシミュレーション研究では、木星と土星の重力の連携が、誕生直後の太陽系で微惑星の軌道をかき乱し、その結果として水を豊富に含んだ天体が地球へ届けられた——地球誕生から1000〜2000万年のうちに水がもたらされた——というシナリオも提唱されています。つまり木星は、盾かどうかは議論中でも、地球の海の成立に一枚かんでいた可能性がある。消してしまうと、そもそも今の地球が存在したかどうかすら怪しくなるのです。