こわい雷は、実は生命の材料を作る「天然の実験室」かもしれない。稲妻は、いのちの火花でもあった。
空気の約8割は窒素ですが、この窒素はとても安定していて、そのままでは生き物が利用できません。ところが雷が落ちると、その一瞬で空気は超高温になり、ふだんは決して結びつかない窒素と酸素が反応します。こうしてできた物質は雨に溶けて地上に降り、植物の栄養(天然の肥料)になります。これを窒素固定といいます。雷は、こわいだけの存在ではなく、空気の栄養を大地に配る役割も持っているのです。スライダーで雷を増やすと、この働きが強まります。
もっと壮大な話があります。今から70年ほど前の1953年、ミラーという研究者が有名な実験をしました。大昔の地球の空気(と当時考えられていたガス)をフラスコに閉じこめ、雷に見立てた放電を流し続けたのです。すると、わずか1週間ほどで、フラスコの中にアミノ酸——生き物のからだを作るタンパク質の材料——ができていました。「生命の材料は、雷のような刺激で意外と簡単にできる」。これは当時、世界に衝撃を与えました(ミラーの実験)。
ここは正直にお伝えします。ミラーの実験が想定した大昔の空気は、その後の研究で「実際とは少し違ったらしい」とわかってきました。今では、原始地球の空気はCO₂や窒素が多かったと考えられていて、その場合ミラーの実験ほど簡単にはアミノ酸ができません。とはいえ、「生命の材料は雷などのエネルギーで作られうる」という基本の結論は、今も揺らいでいません。生命の材料がどこで生まれたのかは、雷・隕石の衝突・深海など、いくつもの説が今なお研究されている、わくわくする謎なのです。
もし本当に一日中ずっと雷が鳴り続けたら、それは災害だらけの、暮らしにくい世界でしょう。山火事も増えるかもしれません。でもその同じ稲妻が、大昔の地球では大気に栄養を配り、ひょっとすると生命の最初の材料を作った可能性がある。こわい雷と、いのちの火花は、同じものだったのかもしれない——空を裂く光を見上げるとき、そんな地球の物語を思い出してみてください。