巨大トンボが飛び、山火事が止まらない。SFみたいなその世界は、3億年前の地球がほぼ実現していた。
私たちは肺で酸素を血に取り込みますが、昆虫には肺がなく、体じゅうに張りめぐらせた細い管(気管)から酸素を直接しみ込ませています。この方式は効率が悪く、酸素が届く範囲がせいぜい数mm〜cm。だから昆虫の体はそれ以上大きくなれない——ふつうの空気なら。ところが酸素を濃くすると管の奥まで酸素が届くようになり、もっと大きな体でも呼吸が回る。スライダーで酸素を上げると、昆虫の育てる大きさが伸びていきます。
これはSFではありません。今から約3億年前の石炭紀、地球の酸素濃度は現在の21%をはるかに超える約35%に達していました。原因は、繁栄した巨大シダの森。当時は枯れた木を分解する菌類がまだ十分に進化しておらず、木が腐らずに炭素をため込んだまま埋もれていったため、光合成で出た酸素が使われずに空気にたまり続けたのです(この埋もれた木が、のちの石炭になりました)。その超高酸素のもとで、翼を広げると約70cmもある史上最大級のトンボメガネウラや、体長2mの巨大ヤスデアースロプレウラが実際に飛び、這っていました。
いいことばかりではありません。酸素はものが燃えるのを助ける気体。濃度が高いと、いったん火がつくとちょっとやそっとでは消えない。石炭紀の高酸素の森では、一度の落雷から凄まじい規模の山火事が燃え広がったと考えられています。スライダーを35%側に振ると、山火事の燃えやすさが跳ね上がるのはこのためです。豊かさと危うさは、同じ酸素の裏表なのです。
「酸素が濃いほど健康そう」と思いきや、逆です。高濃度の酸素を長く吸い続けると、肺や神経がダメージを受ける酸素中毒が起きることが知られています。医療現場で酸素の量を慎重に管理するのはこのため。多すぎても少なすぎてもダメで、今の21%は生き物にとって絶妙な設定なのです。そして石炭紀の楽園も永遠ではなく、やがて木を分解する菌類が進化して酸素は約23%まで下がり、巨大昆虫の時代は静かに幕を閉じました。