1859年、それは実際に起きた。ハワイでもカリブ海でも、そして日本でも空が光った夜——美しさの裏には、文明への請求書がついてくる。
オーロラの正体は、太陽から吹きつける太陽風の粒(プラズマ)が、上空の大気とぶつかって光る現象です。地球の磁場は太陽風の大部分を受け流しますが、磁力線が大気に流れこむ極のまわりだけは粒の通り道になります。そのためオーロラはふだん、北極・南極を取り巻く磁気緯度65〜70度あたりの輪(オーロラオーバル)でだけ光ります。アラスカやカナダ、北欧がオーロラの名所なのは、ちょうどこの輪の真下にあるからです。オーロラが極地の専売特許なのは、磁場という盾の形が決めているのです。
オーロラの色は、光る高さで決まります。エネルギーの高い粒は高度100〜200kmまで深く飛びこみ、酸素を光らせて定番の緑に。エネルギーの低い粒は高度150km以上の高いところまでしか届かず、酸素をほのかな赤に光らせます。日本のような低緯度から見えるのは、遠くのオーロラの高い部分——つまりほとんどが赤です。この赤い空は「赤気(せっき)」と呼ばれ、日本書紀の推古天皇の時代(620年)から江戸時代まで、たびたび記録されてきました。日本人は1400年前から、低緯度オーロラの観測者だったのです。
「オーロラが世界中で」は空想ではありません。1859年9月、観測史上最大の磁気嵐キャリントン・イベントが発生し、オーロラの輪は大きく赤道側へ広がって、ハワイやカリブ海沿岸でもオーロラが目撃されました。日本でも青森県や和歌山県に記録が残っています。そして記憶に新しい2024年5月11日。21年ぶりの最大級(G5)の磁気嵐で、北海道から兵庫県・愛知県まで、日本の広い範囲でマゼンタ色に光る空が撮影されました。市民から寄せられた179枚の写真の解析で、このオーロラは通常よりずっと高い高度1000km付近まで光っていたことがわかっています。スライダーを上げると、オーロラの輪がどこまで南下するかを確かめられます。
ただし、世界中でオーロラが見える夜は、文明にとっては警報の夜でもあります。オーロラを全球に広げるほどの磁気嵐は、地上に強い電流を誘導し、送電網や人工衛星、GPSを直撃します。キャリントン・イベントでは当時最先端だった電信機から火花が出て通信網が止まり、1989年の磁気嵐ではカナダ・ケベック州の送電システムが障害を起こして大停電になりました。電気に深く依存した現代でキャリントン級が直撃したら——それは各国の宇宙天気機関が本気で備えているシナリオです。毎晩世界中でオーロラが見える地球とは、磁場の盾が弱った地球か、太陽が荒れ続ける地球。美しい空と引きかえに、文明は薄氷の上を歩くことになります。